アメリカ留学費用!大学卒業までいくらかかったか全部

この記事を読まれる前に、注意して頂きたいことがあります!

アメリカ大学留学はかなり前なので、正確な「当時の」費用というのは分からなくなってしまいました。

値段もかなり変わったので、「そんな古い情報じゃ役に立たないなぁ」という状況…

そこで代わりに「現在の値段」で見積もりました。

いま、もし同じアメリカの大学へ留学した場合、卒業までどれくらい費用がかかるのか。

私の留学当時にかかった費用で今はないものなどは、当時の値段のまま含ませて頂きました。

いま留学を考えている方にはより分かりやすい内容になっているので、もし参考になれば幸いです。

為替レートは、2018年9月のものです。

アメリカ留学ルート

ちなみに私は「アメリカ大学編入」という留学をしました。

編入する前に、「日本の専門学校」の留学科へ。

しかも英語力が足らず、アメリカ大学に行く前に「アメリカの語学学校」へも通いました。

英語ゼロからのアメリカ大学にどう入学したか?」気になる方は読んでみて下さい。

今回は、アメリカ大学と専門学校、アメリカ語学学校の費用も含めた4年分。

「アメリカ4年制大学へ編入し卒業するまで」にかかったすべての費用を、分かる範囲で、できるだけ細かくご紹介します!

1.日本の専門学校(留学科)

専門学校の留学科では、アメリカ大学2年分の単位を取得しました。

期間は「1年8カ月」です。

※教材費や諸経費など値段が前後するものは、多めに見積もり計算しています。

【初年度】

☛入学金、授業料や教材費などが「約160万」。

☛現在はなくなったみたいですが、当時は1週間程度の国内研修というのがあり「約 15~20万」。

—–約180万円

【2年次】

☛授業料、教材費など「約152万円」

—–約152万円

【留学準備費】

TOEFLの受験が必須です。

☛正確な受験回数は覚えていないのですが、年に5回受けたとして2年で「$235×10=$2,350」。

今はTOEFL iBTが主流みたいなので、iBTの値段で計算しました。

当時の私は、学校でPBTというスタイルのものを受験していて、値段ももう少し低かったと思います。

これ以外に、病院にかかる費用が発生します。

アメリカの大学入学の際は、「病気に対する免疫があることを証明」する必要がある場合がほとんどです。

行く大学のある州によって、証明が必要な免疫の種類が異なります。

受けなければならない予防接種の種類や回数も、個人によりさまざまです。

状況が異なれば値段もかなり変わりますが、英文の証明書の発行と合わせて相場は「約7000円~5万円」くらいかなと思います。

私は「MMR(麻疹/おたふく/風疹)」というものと、「ツベルクリン反応」と「B型肝炎」でした。

MMRは母子手帳の記録などをもとに、免疫を確認されます。

☛私はいくつか接種を受ける必要があり、記憶があいまいですが「約4万円」くらいだったと思います。

麻疹など1度目を受けてから、1カ月経たないと2度目の接種が受けられないものなどあるので、早め早めの行動をおすすめします。

その他、個人の状況の違いで発生する費用もあります。

例えばパスポート申請費、スーツケース代など。私はコンタクトをまとめ買いした費用がかかりましたが含んでいません。

—–約30万円

【小計】

アメリカ大学編入という形を選んだ私が、日本の専門学校を卒業し、アメリカ(語学学校)へ入学するまでにかかった費用。

—–約362万—–

私は実家から学校に通っていたので、生活費は含めていません。

それゆえ、一人暮らしなどをする場合の費用は変わってきます。

また昼食はお家からおにぎりを持って行っていたので含んでいません。

【その他】

これに航空券代がかかり、大抵の場合は往復ではなく片道を購入します。

当時はじめて知って驚いたことですが、片道の方が往復より高くつきました。

当時はLCCのような格安航空券がなかったので、渡米する州により値段も変わりますが、たぶん「約10~15万円」だったと思います。

また、スーツケースに入りきらなかった荷物を航空便で送る必要がある場合。

重さや届くスピードにより変動はありますが、EMSという国際スピード郵便を使うと「5~10キロ」の重さで「約8,700~14,500円」かかります。

少しでも費用の負担を減らそうと、私はスーツケース1つと制限ぎりぎりの巨大なボストンバッグのみで、送ってもらうことはしませんでした。

2.アメリカ語学学校

アメリカ語学学校は、学校のある都市により、学費や生活費が大きく変わってきます。

私の通った学校のある町は、日本から飛行機の直行便がないようなところにありました。

期間は「16週間/約4か月」です。

【16週間分】

☛語学学校申請費「$125」

☛F1ビザ申請費「18,400円」(アメリカに学生として入国するためのビザ)

☛SEVIS Fee(F1ビザ用)「$200」

☛授業料など「$4,950」

☛保険「$609」

保険は必須でしかも選べず、語学学校が指定するものに入りました。

☛寮の部屋&食事「$4,830」

語学学校に寮はなかったので、寮は大学のものです。

寮の部屋はタイプがいろいろあり、値段も変わりますが、私が割り当てられたのは2人部屋で、リビング、シャワーがあるものです。

リビングがある3人または4人部屋のタイプや、シャワーとお手洗いを同じフロア―のみなと共有し、ベッドルームだげのものなど色々です。

今は当時なかったHigh Speed Internetがついてきます。

寮の食事は「1週間に10回分」の食事がとれるミールプランで、平日は朝食/ランチ/夕飯、週末はブランチ/夕飯の中から10回分選べます。

キッチンはついていなかったので、ミールプランをとるしか方法がありませんでした。

今はそのプランに、レストランで使える$150分のキャッシュがついてくるみたいです。

☛TOEFL「$235×5回=$1,175」

語学学校在学中に受けれたのは、慣れていたTOEFL PBTではなくCBTでした。

現在は廃止になったようなので、iBTの値段で計算しています。

私は毎月受ける必要があったので5回ですが、1回でスコアをクリアできれば、それ以上受ける必要はありません。

【小計】

アメリカ語学学校在学(約4か月)にかかった費用。

—–約136万円—–

私が留学した当時と比べ、語学学校も寮もかなり値上がりしていました。

当時は、すべて含めても100万円はかかっていないと思います。

【その他】

ちなみに寮には、洗濯機と乾燥機代は含まれません。

クオーターという25セントコインしか受けつけないマシンだったので、25セントコインを集めるのに苦労した思い出があります。

銀行に行けば簡単に手に入ることは、卒業してから知りました。笑

洗濯機と乾燥機は、だいたい各$1~1.50くらいでしょうか。

3.アメリカ大学

私が通ったのは「州立大学」で、語学学校と同じ町になりました。

通う州立大学によって費用はさまざまだと思いますし、私立やカレッジなど違うタイプの大学であれば、またさらに異なります。

アメリカ大学では、専門学校でとれなかった残りの単位を取得しました。

選ぶ専攻により必要な単位数は変わり、単位の取り方によっても卒業までに何年かかるかは人それぞれです。

また、ここでは卒業までにかかった2年分をまとめて計算していますが、実際アメリカの大学では「学期(約4か月)ごと」に支払います。

ちなみにアメリカで留学生は、1学期に12単位以上とるという規定があります。

私が卒業までにアメリカ大学で過ごした期間は「約2年」です。

なぜ「約」かというと、2年間アメリカにいたわけではなく、夏休みと冬休みは日本へ帰国したからです。

それゆえ、厳密に言えばアメリカ大学で過ごしたのは1年半くらいで、帰国していた間はホストファミリー代は払っていません。

【大学3年&4年】

☛大学申請費「$55」

☛授業料「$21,384」($396/1単位の値段)×54/単位)

海外からの学生、または大学のある州外に住む学生の授業料(1単位)「$396」

$396という1単位の値段は、「アメリカ外」の海外からの学生と、大学がある州以外に在住している人に対する値段です。

アメリカ在住であっても、在住している州以外の大学に行くと、授業料が変わります。

何年目からか住民として扱ってもらえるのか、州によってルールも変わると思うので分かりかねますが、海外からの学生はずっと値段が変わりません。

私の通った大学では、大学のある州に在住している場合、1単位はこの値段より$100以上安いです。

卒業までに専攻で必要な単位数と、日本で取り足りなかった一般教養科目の合計が「54単位」

私が留学したときは単位数が60以上で、1単位の費用は$300前後だったようなかなりあいまいな記憶があります。

この内2~3教科(6~9単位分)は、アメリカではなく、卒業した日本の専門学校の夏期講習でとりました。

☛テキスト代など1学期/約$400~500とし、2年(4学期)で「約$2000」

アメリカ大学のテキストは、ものによってはとても高いです。

私はほぼ中古を買っていましたが、手に入らないときは新品を買わざるを得ませんでした。

使ったテキストは学期終了後すぐに売って、次の学期の足しにしていました。

☛健康保険(大学指定)春学期$840/秋学期$610なので、2年分(4学期)で「$3,360」

☛ホームステイ 「$800~1500」(「$1000」で計算、18カ月分で「$18,000」)

大学のある州の生活水準やホストファミリーによって、ホームステイの値段も変わります。

それ以外にも自分で探すのか、エージェントなどに頼むのか。

1日に何食お願いするのか、まったく食べないのか。

条件が変われば費用もかわるので、相場を出すのがむずかしいです。

アメリカホームステイ事情」を読めば、さらに詳しいことが分かります。

私は自分で探し、1日夕飯のみを提供してもらっていました。

朝食とランチに必要な食材はすべて買ってもらい、外食もすべて出してもらっていました。

$1000以上は払っていなかったのは確かですが、正確な値段を忘れてしまいました。

$600~800だったと思います。

今は値上がりしていることを考慮し「$1000」で計算します。

また、日本に帰国していた間は「支払いはなし」、半月しかアメリカにいない月はいつもの半分など、交渉させてもらった分は合計に含んでいません。

☛施設維持費「$843」/4学期分で「$3,372」

☛諸経費「$425」(変動あり)/4学期分で「$1,700」

【小計】

アメリカ州立4年制大学に2年在学してかかった費用。

授業料以外の費用がもしかするともっとあるかもしれませんが、調べられる範囲で出しました。

—–約560万円—–

【その他】

通学の交通費がかかってきます。

私は自転車で片道約30分の通学で、パンクなどの修理はホストパパがしてくれたので、交通費は自転車代(当時$100以下)だけです。

アパート暮らし組で、中古の車を買っている人もいました。

バス停がお家から近い人はバス通学。

あとは大学付近のアパートに暮らし、徒歩か自転車で通学している人が多かったと思います。

留学先によってはバス以外にも、電車や地下鉄など選択肢があると思うので、自分にあったものを選ぶことになると思います。

アメリカ留学費用【総計】

日本の専門学校「1年8カ月」、アメリカ語学学校「4カ月」、アメリカ大学「約2年」、全部で約4年。

おぼろげな記憶をたどり、調べられる範囲で調べた留学費の総計「約1058万円」。

この費用には「その他」で挙げた航空券代などは含んでいません。

また私の調査によるものなので、多少もしかするとかなりの誤差があるかもしれないことをご了承ください。

実際に私が留学した当時は最悪に円が弱く、「とんでもない時期に留学した」と今でも思います。

それゆえに、授業料やTOEFL代など「ドル」で見ると値上がりしているものはありますが、当時の為替レートで「円」に換算すると「現在とそんなに変わらないんじゃないかな」なんて思ったりもします。

かかった費用は、細かいものを含めたらキリがないほど上がっていきます。

【まだまだある!その他】

☛日本一時帰国の航空券代が、約2年間で夏×2、冬×2で合計4回。それと、卒業後の本帰国の際の片道航空券代。

そんなに何度も帰らなければ抑えられた出費ですが、いろいろな事情により帰っていました。笑

それでも航空券代を浮かせようと、グレイハウンドという格安バスで都心まで出て、空港で一泊して、次の日の便に乗るなんてこともしていました。

☛電子辞書

いまはパソコンがあるので買う必要はないのかもしれませんが、当時は必需品でした。

しかも高性能のものが発売したばかりだったので、ものすごく高価でした。

私が使っていた(今でも使っている)ものは約3~4万で、いまでは生産をやめてしまったみたいで、アマゾンで中古品が約4000円くらいで買えます。

音声はなく、内容の更新もできません。

最新で超高性能のものが、アマゾンで2万円以下から買える現代の事情に驚きました。笑

☛友達との交際費

☛外食

お友達と外食することは1年に数回ほどで、それはファーストフードだったり、スイーツだったり。

レストランに連れて行ってもらうことはあっても、自分からわざわざ行くことはほとんどありませんでした。

☛アメリカ国内旅行

留学中安く行けるうちにアメリカ国内をまわろうと、夏と冬以外の休みを利用して旅行をしていました。

格安であることは条件ですが、経験にお金をしぶるのはやめようと思い、旅行や仲間が誘ってくれるキャンプなどには積極的に参加しました。

☛ショッピング

極力余計なお金がかからないよう洋服も2~3着ほどしか買っていません。しかもおしゃれのためではなく、記念にと思い大学の名前が入ったパーカーとかです。笑

大きな買い物と言えば、寮になかったヘアドライヤーと厚手のかけ布団、あと自転車くらいです。

交際費、外食、ショッピング、旅行、その他細かな出費はすべて自分の貯金を使っていたのですが、留学後、貯金がすっからかんになったのを覚えています。

小学生のころから「将来のため」と思い、お年玉などをコツコツ貯めていました。

高校や専門学生のときのバイト代なども、貯めておいて本当によかったと留学して思いました。

留学中は、州によって違うのかどうなのかも分かりませんが、キャンパス外でのアルバイトは禁止されていたので出来ませんでした。

禁止されていなかったとしても、気持ちの余裕がなくできなかったと思います。

費用に対し思うこと

「アメリカ留学は高いか?」

それは個人の感じ方なので、それぞれ意見があると思います。

私個人としては、TOEFLの点数さえ期間内にクリアしていれば、アメリカ語学学校は行かずに済んだので、「私のアメリカ留学は高くついてしまった」というのが反省点であり、感想です。

しかし語学学校にいく必要がなかったとしても、1000万円近く費用がかかるという事実。

それだけの費用をアメリカの4年制大学や生活費などに使うと考えたとき、その金額は私にとってはとても高額です。

そこで1つ自分自身になげかけた質問があります。

「留学前、私が目標としていたことを達成するのに、これだけの費用をアメリカ大学留学だけに使う必要はあったかな?」

問いへの答えは長くなるので、興味がある方は「英語ができずアメリカ留学した結果」を読んでみてください。

この経験で得られたものがない自分を想像するのは怖いほど、この貴重な経験から学び、成長し、機会を頂いたことに感謝しています。

しかし、アメリカ留学への道は1つではないですし、私のルートや方法が最善であったとは思いません。

私にはできませんでしたが、専門学校の留学科からの編入ではなく、1年生からアメリカで学ぶルートもあります。

最初の2年間はアメリカのコミュニティカレッジで学び、3年次から希望の専攻のある4年制大学に編入すると、4年間を4年制大学で過ごすより費用が抑えられます。

みなさんの能力やエネルギーがあるからこそ、選べる選択肢もあるということも覚えておいてほしいです。

アメリカ留学から得られたものは、私の想像をはるかに超え、その後の人生に大きく影響を与えました。

みなさんがそれぞれに合った方法やルートで、最高の留学経験ができることを願っています。

アメリカ留学でうそでしょと衝撃だった「ありえない体験談」

アメリカ留学中、「こんなことが起こるなんてありえない!」と思うことがありました。

「ありえないこと」と思ったものには嬉しいこと、残念、可哀そう、信じがたいことなど、衝撃をうけた全てのことが含まれます。

人から聞いたもの、人が体験しているのを実際に見たもの、自分が主人公として体験したものなど、細かく分けると沢山あります。

でも今回は、すべて私がこの目で見たものと、自身の体験談。

留学中の経験なので、大学生活とは関係のないものもあります。

私の勝手な衝撃度を基準に、アメリカ留学中の「うそでしょ?!と衝撃だった出来事トップ5」をご紹介します。

#5.アメリカ大学寮で

テレビ付きのリビング、そこからベッドルームに続くバスルームのある短い通路。

ベッドルームには二階建てベッドが2つ両側に置いてあり、上がベッドで下が勉強用デスク。

そんな希望もしていないデラックスなお部屋で、寮生活をしていました。

ルームメイトはヨーロッパから来ていた女の子。

週末にお部屋でラジオの音楽を聴き、鼻歌をうたいながらメイクをする姿が印象に残っています。

平日はあまり会う機会がなく、すれ違いの生活をしていました。

ある日、珍しく私が遅い時間に帰ったときのこと。

リビングが真っ暗だったので、ルームメイトを起こさないように忍び足で。

そっとベッドルームのドアを開けると、部屋は真っ暗。

でも、ルームメイトのベッドの掛布団がもりあがっているのが見えました。

しかも、もそもそ動いている様子。

「あれ?まだ起きているのかな?」

そして急にバサッと人が起き上がりました。

「あれ?男の人?」

布団が体から離れ、裸の背中が現れました。

「あっ…」

そう思うと同時に後ろ歩きをして、そっと音を立てずにドアを閉めている自分がいました。

ベッドの2人は私にまったく気がつかなかった様子。

リビングのソファーに座り考えました。

「明日朝から学校だし、テキストもベッドルーム…」

でも、なんだか気まずかったので部屋を去りました。

外でぼーっとしながら、「どうしたらいいかなぁ」と自分の寮の部屋のドアを眺めていました。

すると部屋からルームメイトと男性が出てきました。

2人に見つからないようになぜか隠れて、部屋に戻りました。笑

また同じことがあったらルームメイトと話そうと思っていましたが、あったのはそれ1度きりです。

「寮生活だからこんなこともあるのかな」と思い衝撃度は低めですが、驚きました。

#4.とあるコンサート

ある日、私の大好きなアーティストが、私が留学中の町にやってくるという情報を得ました。

私がいたアメリカのエリアは、「まさかここに来るなんて!!」と思ってしまうようなところ。笑

しかも彼女は当時大人気で、日本でのコンサートだったらチケットが手に入るかも不安になるような感じ。

「どうしてもコンサートに行きたい!!」

そう思い、ホストパパに確実にチケットが手に入る方法を聞きました。

「チケット発売日に売り場に連れて行ってあげるよ」

そんなに意気込まなくても大丈夫だよというリラックスした感じで言われたので、「もし売り切れちゃったら?」

「心配いらないよ~」

チケット発売当日、パパに「売り切れないうちに行こう!」とお願いしました。

「オープンと同時に行かなくても大丈夫だよ~」

「もう、パパどうしてこんなにのん気なんだ!笑」と思いながら、自分の部屋でそわそわ待っていました。

「じゃあ行こうか~」

車の中で「チケット売り場って一体どんなところなんだろう」と、とっても不安でした。

そして「着いたよ~」と言われて前に現れたのは、ローカルな雰囲気漂うこじんまりとしたスーパー。

「えーこんなところでコンサートチケットなんて売っているの?!泣」

するとパパはさーっとレジに行って、キャッシャーさんと話して、「カードか現金どちらで払う?」と私に聞きました。

お会計を済ませると、なんと私の手元には大好きなアーティストのコンサートチケットが!!

「こんなに簡単に買えるなんて…」

しかもチケットには「アリーナ席」と書いてありました。

コンサート当日。

「アリーナ席なら早めに行けば前に行けるのかも?!」という淡い期待がありました。

アリーナにはイスがあるのか、区切りはあるのか、何の情報もありません。

荷物をロッカーに預ける時間がもったいないと、現金を少しポケットにいれただけの軽装で行きました。

会場前には列ができていて、どのくらいの長さなのか把握しきれないほど。

「結構早めに出発したと思ったのに…」

会場のドアが開いて、中へ。

走っている人が誰もいなかったので、平常心を装いアリーナへ。

何もない平地。

会場は代々木体育館くらいの大きさでした。

すでにステージ前には人だかり。

最後尾に立ってステージを眺め、お友達に言いました。

「ステージから20mくらいだよね。これ相当近いよね」

オープニングアクトで私の知らないバンドの演奏がはじまると、「きゃー!!」と前へ前へと押されました。

そしてオープニングアクトが終わると、沢山の人がアリーナを去りました。

「あれ?」

そう思いながら、すき間を埋めるように前へ。

そしてついに私の好きなアーティストが登場!

かなりもまれ、曲が激しいものになると後ろからのプレッシャーがものすごい!

そして5曲目くらいにはアリーナの1番前に立っていました。笑

警備員さんもいず、柵があるだけだったので、アーティストがしゃがんで手を伸ばせば私たちに届くような距離でした。

「こんな経験したことない…!!」

衝撃と感動で感情的になる中、「パパありがと~」と感謝の気持ちであふれました。

そして、となりの女の子がパチパチ写真をとっていることに気がつきました。

どうやら写真が撮り放題。信じられない!!

「そんなの知らなかったから、カメラ置いてきちゃった…泣」

「いいや、目に焼きつけよう!」

メジャーでない町に留学すると、こんな良いこともあるんだと思いました。笑

#3.データ全消え

「アメリカ大学でされた差別」のお話を読んでくださった方は、聞き覚えがあるかと思います。

私の低い英語力が原因で、かなり苦戦した大学のクラスがありました。

そのクラスには毎回提出のレポート課題があり、教授のストーリーをクラスで聞き、家でまとめ、次のクラスで提出していました。

そのレポートのルールに、地名や人名など、スペルミスのあるレポートはゼロ点というものがありました。

地名は聞いたことのないような、マイナーな場所やスペルのややこしい場所が登場します。

人名も、よく聞く名前であってもスペルを少しアレンジされていたり。

例えば普通なら「c」が1つしかつかない名前に、わざと2つ付けたり。

「b」「v」 や「m」「n」のように、聞き分けるのにややこしい音が入ったものも沢山登場しました。

それゆえ、教授のストーリーを集中して聞かないと、英語の音だけで憶測すると間違えることもあります。

しかもレポートでゼロを3回とったら、クラスは落とさなければなりませんでした。

その説明をうけた一番最初の授業のあと、私の側に座っていたアジア人の女の子は「私このクラスやめるわ」と私に言いました。

英語ネイティブにとってどれほど難しいクラスだったのかは分かりかねますが、私には不安の種でした。

そしてそのクラスの期末テスト。

いつもよりやや長めのストーリーをクラスでまとめ、提出するというものでした。

教授がおっしゃいました「ゼロの数にかかわらず、期末でゼロを取ったら成績はあげられない」

要するに期末でミスをしたらクラスはパスできないということ。

緊張の中、教授がストーリーを語りはじめ、私の隣に座っていた女の子はパソコンを使いメモをとっていました。

ストーリーが終わり、みないっせいにパソコンに向かいレポートを打ち込みはじめます。

すると、パソコンでメモをとっていた隣の女の子が突然泣きはじめました。

試験中だったので声もかけられず「どうしよう」と思っていたら、その子が立ち上がり、私の真横で教授と話し始めました。

教授が「申し訳ないがどうすることもできない」と言うと、彼女は荷物をまとめ、泣きながら教室を出て行ってしまいました。

クラスメイトがみな動揺する中、私には聞こえてしまいました。

彼女のパソコンデータが、アクシデントで飛んでしまったということ。

そのデータがアクシデントで飛んだということは、彼女にはレポートが書けません。

期末のスコアがつかないので、クラスはパスできない。

あまりに恐ろしくなり、寒気がしました。

こんなことが起こるなんて信じられない思いでした。

#2.アシスタントティーチャー

アメリカ大学在学中はずっと、日本に興味のある人が集まるコミュニティに参加していました。

授業で気持ちに余裕のない私でしたが、集まりは週に1度あるかないかだったので、「友達の輪が広がれば」という感じでゆるく在籍していました。

留学生活もあと1学期で終わり。

そんなときのこと。

相変わらずあまり余裕はありませんでしたが、最後だし、後悔のないよう何か新しいことにチャレンジしたいなという気持ちもありました。

他の学校に通うお友達に何気なく話してみたところ、「私と一緒にボランティアやってみる?」と言われました。

実は彼女は大学の日本語クラスで、アシスタントティーチャーとして教授をサポートしていました。

「やりたい!」と思ったのですが、「私学校も違うし、その日本語クラスの教授と面識もないから、どうだろう?」

「確かにそうだねえ」なんて、その話は流れました。

珍しくコミュニティで集まる日。

コミュニティの活動をサポートして下さっていた方と、お話させていただく機会がありました。

彼女は私の通っている大学でクラスは持っておらず、カウンセラーとして在籍されていました。

「この大学の日本語クラスで、アシスタントのようなボランティアを必要としているかご存知ですか?」

「小さいクラスだからどうだろうね、直接教授に聞いてみたら?」

「確かに…」と、そんな質問をした自分が少し恥ずかしくなりました。笑

「ボランティアしたいの?」

今学期が最後だから、今までできなかったことにチャレンジしてみたいんです、なんて話をさせて頂きました。

すると「私のクラスでやってみる?」

「へ?!先生クラス持っていらっしゃるんですか?!」

まったく知らなかったんです。

実はこの方が、私のお友達がアシスタントとしてサポートしている日本語クラスの教授だったんです!!

次の週にはアシスタントとしてクラスで紹介してもらい、ボランティアがはじまりました。

しかも日本語クラスの生徒の1人が、私の家から車で2分のところに住んでいることが発覚!

幸運なことに、クラスのある日は車で送り迎えしてくれることになりました。

日本語クラスのある大学までは、自転車とバスで1時間半ほどかかります。

それをやる気まんまんでしたが、雨の日は大変なのでその申し出は本当にうれしかったです。

さらに有難いことに、日本語クラス期末前の最後の日。

教授が感謝の気持ちを込めてと、アシスタントティーチャーとして活動した証に「証明書」を書いて、クラスの皆の前で私たちに渡してくれました。

人とのご縁の有難みをしみじみ感じました。

#1.生物ラボのクラス

専門用語が多く、興味がなかなか持てず、授業に参加するのさえ億劫だった「生物」の授業。

大学の必修科目だったので、専攻に関係なく皆取りました。

次の学期では生物から解放されると思っていましたが、生物には「ラボ(実験)」のクラスがあることが発覚。

もう最悪すぎる気分で、最初の授業へ向かいました。

コンパクトな実験室でのクラスには、全員の名前を覚えられそうな少ない数の生徒がいました。

ややこしい実験内容の説明。

辞書にもたまに載っていない単語を使う実験結果のレポート。

生物への苦手意識から、頭痛のタネでしかありませんでした。

授業が進むにつれ、ますます分からなくなる内容。

「なんとかせねば」という焦りが襲ってきました。

そしてそのとき同時進行していた、ソーラン節の練習のとき。

休憩時間に仲間とおしゃべりをしていました。

ソーラン節は、学期末にある「カルチャーナイト」というイベントで、参加していたコミュニティメンバーと披露することになっていました。

「ユリ、最近どう?」

「今学期とってるクラスの1つがハードで…」

「何のクラス?」

「生物、しかもラボ」

すると彼女が、「ラボとってるの?どの先生?」

「Aっていう先生」

それを聞いた彼女から、あまりにも信じがたい返事が返ってきました。

「それ私の旦那さんだよ」

もう、世界は狭いと思わずにはいられませんでした。

ラボクラスの定員は少人数なので、同じ内容のラボのクラスを異なった先生がもっていました。

何人かいる先生の中でも、友達の旦那さんのクラスを選んだのも「縁を感じるなぁ」と思いました。

「難しい?」

「うん」

「もっと簡単にするように旦那に言っとくよ」なんて冗談を言ったあと、「あなたのこと旦那に伝えとく」

次のラボクラス。

友達の旦那さんでもある先生から、「ワイフから聞いたよ」と声をかけてもらいました。

共通の知り合いがいるということで距離が縮まり、質問が格段にしやすくなりました。

「有難い」としみじみ感じていると、授業のあと言われました。

「テスト前に質問があったら家にきなよ。その方がじっくり説明できるから」

こんなありえないことが起こるもんなんだ、すごいよと思いました。

そして中間テスト前。

図々しくも、実際にお家にお邪魔させていただき、じっくり2時間ほど低レベルな質問に付き合って頂きました。笑

中間テストのあとは、「こんなバカげた質問…」なんてためらいは消え、どんな質問でもクラスで聞けるようになりました。

期末は先生のお家にお邪魔することなく終え、お陰様でクラスもパスすることができました。

言葉にすること

留学中やってよかったと思うことがあります。

それは困っていることや悩んでいることがあれば「誰かに言ってみる」ということ。

悩みだけでなく、やりたいと思っていること、今学期とっているクラス、気になっていることなどなんでも!

例えば留学中カポエラに興味があり、「1度やってみたいんだよね」なんて何気なくお友達に話したことがありました。

「カポエラ教室に通っている先輩知ってるよ」と、その先輩を紹介してもらい、レッスンに連れて行ってもらうという有難い体験をしました。

どこでどんな形で点と点がつながるかは、本当に分からないものだなと思います。

留学中は「話す」ことで新しいドアが開くこともあります。

「話して良かった」と思えることが多かったです。

誰にも話さなかったことで情報が得られず、あとになって「あのとき話していれば、違う結果になっていたのかも」なんて状況があったのも事実です。

「話すというシンプルなことをするだけで、何かが変わることもある」そんなことを思いました。